1 はじめ

本稿では、売買契約における特許権等の非侵害保証及び補償条項の解釈について示した知財高裁の裁判例 (以下、「本判決」といいます。)をご紹介いたします。

取引実務上、売買契約においては、売買の目的物の譲渡等が第三者の知的財産権を侵害していないことを 保証し、また買主が損害を被った場合には補償する旨等を定める条項(以下、「非侵害特約」といいます。)を設 けることもしばしば見受けられます。本判決は、具体的な非侵害条項の下で、売主がいかなる契約上の義務を負 うことになるかを考える際の一助となるものといえ、契約実務の観点から示唆深いものといえます。

2 事案の概要

本件では、概ね、以下のような事実関係が認定されています。

(1) 原告と被告は、平成 27 年 11 月 30 日、被告の製造する商品名「ウォールキャッチャー」(以下、「被告商 品」という。)を原告が買い受け、卸売販売する旨の基本契約(以下、「本件売買契約」という。)を締結した。 本件売買契約には、以下のような非侵害特約(以下、「本件非侵害特約」という。)が含まれていた。

(a) 被告商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。

(b) 万一、抵触した場合には、被告の負担と責任において処理解決するものとし、原告には損害をかけ ない。

(2) 補助参加人は、平成 28 年 11 月又は 12 月頃、原告及び被告に対して、被告商品が補助参加人の特許 権(以下、「本件特許権」という。)に抵触すると主張した。これに対して、被告は、当該特許権が共同出願違 反であって無効である旨等を主張し、特許権侵害を否定する対応をとった。

(3) 原告は、平成 29 年 7 月頃、被告に対して、原告の取引先が、原告らと補助参加人との間で本件特許権に 係る問題が生じているにも関わらず、被告商品を正式に採用する意向を示していることを報告した。

(4) しかしながら、平成 30 年 1 月頃、補助参加人と当該原告の取引先との間で直接交渉が行われ、両者間で、 補助参加人が原告の取引先の過去の特許侵害に係る請求を行わないこと等を内容とする和解が成立した。 これを受けて、原告の取引先は、原告に対して、被告商品の取引を中止する旨、及び原告の有している在庫 については補償する旨の意向を示した。

(5) 原告は、被告に対して、被告商品が本件特許権に抵触したため、将来にわたって被告から被告商品を購入 して第三者に販売できなくなったなどと主張して、逸失利益等の損害賠償を求めて訴えを提起した。

(6) 大阪地方裁判所(以下、「原審」という。)は、被告が本件非侵害特約に違反していないと判断し、請求を棄 却したため、原告が知財高裁に控訴した。

3 知財高裁の判断

知財高裁は、原審の判断を基本的には首肯した上で、以下のような判断を示し、控訴を棄却しました。

(1) 文言を前提とした一般的な意思解釈を前提にすると、本件非侵害特約は、第一義的には、原告が第三者 から特許権等の侵害を理由に訴えを提起されて敗訴して確定するなど、 被告商品について特許権等の侵害 の事実が確定し、原告が損害を被ることが確定した場合の被告の損失補償義務を規定したものと解される。

(2) もっとも、本件非侵害特約の「万一、抵触した場合には、被告の負担と責任において処理解決するものとし」 との文言や、被告が商品の製造元として原告よりも技術的な知見等の情報を有している立場であったことか らすると、本件非侵害特約は、単に事後的な金銭補償義務のみならず、被告が、その負担と責任において、 紛争を処理解決する積極的な義務をも規定していると解される。

(3) そうすると、被告が第三者から被告が原告に販売した商品が特許権等に抵触することを理由に侵害警告を 受けたときには、 被告は、本件非侵害特約に基づき、原告の求めに応じて、原告に商品に係る技術的な知見 や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、原告が必要な情報の不足により敗訴し、又は交渉 上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務も負うものと解される。

(4) 他方で、本件非侵害特約上の紛争を処理解決する積極的な対応義務は、損害の発生を防止するために 原告の求めに応じて被告から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供して原告が 不利な状況とならないようにすべき義務であるから、被告が同侵害の事実を争い、同侵害の事実が確定して おらず、また、被告から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報の提供が行われていた にも関わらず、原告が、その経営判断等により、特許権侵害等を主張する第三者との間で原告の不利益を 甘受して被告が原告に販売した商品の取り扱いについて合意したような場合において、原告の損害の補償義 務までを被告が負うものではなく、また、特許権侵害等を主張する第三者への被告からの対抗手段としては、 自らに有利な主張をし、その根拠資料を示して交渉するなどの手段も存在するものであって、そのような場合 に、当該第三者からの解決策の提案に必ず応じなければならないものではなく、加えて、特許権侵害等を主 張する第三者に訴訟提起や無効審判請求等までの対抗手段を講ずべき義務を被告が負うものとも解されな い。

(5) 本件では、(i)被告が補助参加人に対して特許権侵害を否定する対応をとったこと、(ii)速やかに被告の主張 を裏付ける証拠の収集を行ったこと、(iii)原告の取引先に事情を説明するとともに資料を提供した結果、同取 引先において、被告の主張が正しく被告製品を採用するという決断に至ったこと、(iv)被告の主張には十分な 理由及び根拠資料があり補助参加人の主張に対抗できる見込みのあるものであったこと、などの各事実に照 らすと、被告は、原告の求めに応じて、原告に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必 要な情報を提供し、原告が必要な情報の不足により交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することの ないよう協力する義務を果たしていたものと評価できる。

(6) 原告は、原告の取引先が今までの方針を変更して被告商品の販売中止を決めたことから、原告のような企 業が大企業に抵抗することはできないと判断し、補助参加人からの損害賠償請求を受けないことや当該取 引先から在庫の保証が受けられることも考慮し、それ以上の販売事業の継続を断念したものと認められる。こ のことからすると、 原告が本件売買契約に基づく販売事業を断念したのは、原告がその経営判断により自ら 決定した対応であるといえる。

4 おわりに

本判決は、本件非侵害特約の「特許権...に抵触しないことを保証する」といった文言や、「万一、抵触した場合」 といった文言に照らし、第一義的には 侵害の事実が確定した段階での損失補償義務と解しつつも、「被告の負担 と責任において処理解決するものとし」といった文言等を勘案して、 侵害警告を受けた段階においても、原告に対 して必要な情報を提供し、原告が必要な情報の不足により敗訴し又は交渉上不当に不利な状況となり損害が発 生することのないよう協力する義務を負う、と判示しています。この判示は、今後、同種の非侵害特約の文言解 釈を行う上で参考になるものと思われます。

なお、契約実務上、単に第三者の知的財産権に「抵触した場合」に売主側が責任を負うという規定ではなく、 「第三者から知的財産権の侵害についてクレームを受けた場合」や「第三者との間で知的財産権に関する紛争 が生じた場合」などといった、侵害警告を受けた段階での義務を広く規定するケースも散見され、買主側の立場 からすれば、後者のような文言を採用して契約を締結した方が望ましいといえます。

もっとも、契約で合意した条項に違反したかどうかとは別に、買主側が具体的な損害について賠償を受けるには、 売主側の非侵害特約の違反と当該損害との間に相当因果関係が認められる必要があると考えられるところ、本 判決のように「経営判断により自ら決定した対応」により生じた損害(逸失利益等)については、契約で合意した条 項に違反したとしても、相当因果関係が認められないケースも想定され、また仮にそうではないとしても過失相殺

の適用を受けるケースも想定されます。この点に関して、非侵害特約に関して相当因果関係や過失相殺を判断 した裁判例として知財高判平成 27 年 12 月 24 日(平成 27 年(ネ)10069 号)が存在し、更なる検討の参考に なるように思われます。

The content of this article is intended to provide a general guide to the subject matter. Specialist advice should be sought about your specific circumstances.